頭ん中は広島弁

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お題「お気に入りの場所」

東京に住んでいる私が「広島ブログ」の隅っこにお邪魔させていただいている理由は
ご存じの方もいらっしゃいますが、そうでない方もいらっしゃって、
「お気に入りの場所」というのをどのように説明したらいいのか、迷ってしまい、
この「お題」に参加するかどうか逡巡していました。

それは亡くなった相方について触れないといけなくなって、
いつまでも悲しみをひきずっている私の話など聞いていただくのは申し訳ないと思うからです。
今までも相方に触れる「お題」については筆が進まなくて(つか、キーボードが進まない?)、
参加できないできたのでした。
でも、今回は書いてみようと思います。
それは私たちの原点ともいえる場所だからです。

お気に入りの場所は広島市中区基町の高層アパートの屋上(写真は拝借…)。
屋上が庭になっているのです。(今は立ち入り禁止?)

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今から35年前、私が大学1年生、相方が浪人生のとき、よくこの段々に座っておしゃべりをしていました。
つきあっていたわけではないけど、とても仲良しで、自転車を2人乗りして、私の下宿まで送ってくれたりもしていました。

翌年、京都の大学に進学した相方。
私は姉が京都に嫁いでいたので、夏休みや冬休みなどの長い休みのときは京都に遊びに行き、
今度は、彼の下宿で鍋をつついたり、彼の大学の友人も一緒に鴨川の河原で放歌高吟したりしていました。
3年間は、ほとんど京都で遊ぶ仲でした。悩みもいっぱい聞いてもらった。
本当に気の置けない友人でした。

でも、私が大学を卒業して上京してからは、会う機会はなくなりました。
私は東京の街、暮らし、仕事に慣れるのに必死で、休みも短くなって、京都に行くこともなくなってしまいました。
そしていつのまにかお互いの連絡先もわからなくなり…。

私は、25歳で結婚し、27歳で長男を30歳で長女を生んだ後、32歳で母子家庭になって、
東京でひとりで必死に子育てをしてきました。

40代も終わりに近づいたころ、私と彼の共通の友人がきっかけで、
偶然私は彼のブログ→★を見つけ、再び連絡を取りあうようになりました。
ある日彼は、ある人のブログに
「『好きだった女の子』と基町高層アパートの屋上でデートした思い出」をつづったんだけど、
それは私のことなんだと告白してくれたのです。
しかも、そのコメントを書いた直後に私と連絡取れるようになったんだと。
当時私は好きでいてくれたなんて全然気づいていませんでした。

「基町アパートのそばを通るたびに君を思い出してたんだよ」と言われ、
私も、屋上で語り合い、歌を歌ったりしたときを鮮明に思い出したのでした。
私は、ただただ子どもっぽいと思っていた彼が、
純粋さを失わないまましっかりしたおとなになっていたのに感動しました。

そして、私たちは私の娘がはたちになったら結婚しようと約束しました。
私は広島に帰るつもりになっていました。

けれども、娘がはたちになった2011年6月30日の翌日、
7月1日の朝1時に、彼はくも膜下出血で急逝してしまいました。

あっけない別れでした。

私は彼のお父さんとお母さんのはからいで「お嫁さん」として通夜や告別式や四十九日に列席させていただいたのですが、
お別れをしたいという友人のために、「送る会」を開催することになり、
彼と仲良しだった柿さんや銀蔵さんたちとはじめてお会いしました。
(⑦パパさんとは、H山吹奏楽コンサートでお会いしてた)

しばらくは放心状態でしたが、
彼が生前言っていた「ブログを始めて『広島ブログ』に参加したらいいよ」という言葉を思い出して、
ほそぼそながら、こうしてブログを書かせていただいています。

35年前の「基町高層アパート屋上でのデート」がなければ、
私はこうして「広島ブログ」の片隅にいることもないんだな~。
偽レブ会にお邪魔してみなさんと交友を温めることもないんだな~。
彼がつくった優しい人間関係に私はとても支えられています。

そして、今、私は、彼がやり残した仕事をどうやったら継ぐことができるのか模索しています。

部屋には基町アパートの屋上の写真を飾っています。


広島ブログ


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by momonosuke164go | 2014-07-13 19:38

~東京に住むもものすけ(♀)が広島弁で語るつれづれ~


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